古本屋店長の<極私的>本棚

古書店店長・国丸のオススメ本ご紹介!

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読書ってなんだ?

 若年層の活字離れが口の端にのぼりはじめてしばらくなりますが、たまたま友人とその話になりまして、「活字離れ」=「本を読まない」なのか、という疑問をふと抱きました。

 出版不況は事実です。つまり、本を出しても売れない。

 ですが、その一方で『世界の中心で、愛をさけぶ』だとか『蹴りたい背中』なんかは大ヒットを飛ばしたわけですね。

 中学生あたりならば『ハリー・ポッター』シリーズくらいならもしかすると読んでるかもしれません。このあたりはけっこうなボリュームがあります。

 そして、店頭で売れ筋のものを眺めてると、芥川賞や直木賞が発表されるとすぐに反応があったりするんです。

 それでも本は売れないと言われ、そのデータをもとに本が読まれていないと結論づけられています。

 本当に読まれていないのでしょうか?

 友人とよく話しているのは、仮に本当に本が読まれていないとするならば原因はおそらく、「本を読む技術」を教える人がいないからだ、ということになります。

 国丸はその意見には賛成です。

 とくに、学校教育での「国語」という科目は、いち読書人としての国丸には耐え難いものがありました(その結果、漱石フリークにもかかわらず『こころ』がいまだ苦手です)。

 よりよく本を読みたいと思うひとが多いと感じさせるにじゅうぶんなのは、書店のビジネス書のコーナーに行ってみればわかります。「本を読む技術」の本がなんと多いことか。

 ですが、実際のところ、この手の本は意外と役に立ちません。というのが、「本を読む技術」ではなくて「(本から)情報を得る技術」が記されていることが多いんですよね。

 おそらくその反動として齋藤孝先生の『三色ボールペンで読む日本語』が爆発的に売れた、というところじゃないでしょうか。

 国丸的にはこの本もあまりオススメできません。この本の場合には「国語教育」という観点から、読みをシステム化して技術として教えてる感があります。これでは小説を楽しむのは難しいんじゃないか、というのが国丸の感想です。

 「本を読む技術」というのはここ1年くらい、国丸のなかでは大きな問題になっています。このブログを立ち上げようと思ったのも、もともとは「本を読む技術」と大きくリンクしているんですよね(そのあたりは伝わりにくいなぁ、と猛省してますが)。

 国丸としては、本はどのように読まれてもいいと考えています。

 え? それは技術じゃない?

 たしかにそのとおり。ですが、まず、あらゆる先入観を排して「どのように読まれてもいい」と考えることは重要なんだとは思っています。

 どのように読まれてもいい、ということを、本は1ページ目から読む必要はない、と考えたことはありますか? すでにこれが先入観です。

 夏目漱石の『草枕』で主人公が、開いたページから読むのもおもしろい、というようなことを言っているシーンがあります。漱石はすでにそんなことも考えていたわけです。

 似たようなことはホルヘ・ルイス・ボルヘスも考えていて、どこから読み始めてどこで読み終えてもいいという小説、『幻獣辞典』を記しています。

 普通に考えると、ちょっとルール違反の気もしますが・・・。

 逆に言えば、私たちは知らず知らずのうちに「本の読み方」にルールを持ち込んでしまっているんだと思うんですね。このルールを打破しつつ、本を単に楽しむことが国丸の目標です。

 そういう楽しみ方がこのブログで伝わればいいなぁ(^^)
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  1. 2005/06/02(木) 03:19:59|
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